大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10783号 判決

原告 服部諭 外一名

被告 小田急電鉄株式会社

主文

被告は、原告服部諭に対して金四万円、原告服部幸子に対して金三万円、及び右各金額に対する昭和二十八年十二月十二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告等の負担とし、その三を被告の負担とする。

この判決は、担保として、原告服部諭において金一万三千円、原告服部幸子において金一万円を供するときは、それぞれ第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、双方の請求

原告等は、「被告は、原告両名に対しそれぞれ金五十万円及びこれに対する昭和二十八年十二月十二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告は、「請求棄却」の判決を求める。

第二、原告等の請求の原因

(一)  原告等の子、服部東次郎の死亡。

原告等の二男服部東次郎(以下被害者という)当時満九才二ケ月は、昭和二十八年十月三日午後一時三十八分頃、東京都世田谷区宇奈根町八百二十六番地附近の被告の経営する小田急線祖師谷大蔵第二号踏切(以下本件踏切と略称する)を自転車に乗つて横断した際、被告の被用者である電車運転手飯塚福三(以下運転手と略称する)の運転する稲田登戸発十三時二十八分、各駅停車の新宿行三輛編成旅客電車(以下本件電車と略称する)の先頭車の前面部に衝突され、右踏切より約二十二米余引摺られ、脳挫滅、右足切断の傷害を負い、即死した。

(二)  右事故は、被告及び前記運転手の下記過失に因つて、惹記されたものである。

(1)  被告の過失

本件踏切は、住宅の密集している地帯にあつて、附近住民の交通量が多く危険な箇所であるから、被告としては危険防止のため当然遮断機を設置するか、又は少くとも警報機を設けるなどしてそこを通行する者の安全をはかるために必要な保安設備を設置すべき義務がある。にもかかわらず、被告は危険予防のために何らの施設をもしていなかつたため本件事故が起きたのであるから、被告には過失の責任がある。

(2)  運転手の過失

運転手は本件電車を運転し、成城学園前駅を十三時三十七分に発車し、本件踏切の手前約七十米の箇所にある祖師谷大蔵第三号踏切の少し手前を進行中、被害者が自転車に乗つて本件踏切の左側線路ぞいの道路(右道路は、本件踏切左側数米先で行き止りの状態になつている)を本件電車の進行方向に向い、電車に背を向けて進行しているのを認め、警笛を鳴らしたが、被害者は本件電車の進行に気付かなかつた様子で振返つて見ようともせず、そのまま進行すれば本件踏切に差しかかる危険性を現認したにかかわらず、電車の速度を落しもせずそのまま時速五十四粁の速度で進行させ、本件踏切より約三十米手前で被害者が本件踏切を渡ろうとしてその約十米の地点で自転車のハンドルを右に切つたのを認め、あわてて非常制動をかけたが時既に遅く、被害者は本件電車の直前約四米の軌道上に進んでいたため、本件事故が発生したのである。運転手が前叙のように警笛を鳴らした際、被害者が本件電車に気付かなかつたのは偶々下り電車(祖師谷大蔵駅より成城学園駅方向に進行する電車)がその直前に本件踏切を通過し、本件電車と前記祖師谷大蔵第三号踏切附近で離合しているので、被害者が本件電車の警笛を聞いたとしてもそれを下り電車のものと誤信した結果であろうと思われるのであるが、一般に電車が離合する前後に事故の発生する危険率の多いことは経験上の常識となつており、前記運転手も当然これを知つていたにかかわらず単に前叙のように本件踏切から約七十米距つた箇所で警笛を鳴らしただけで電車の速度を落すとか、その他適切な措置を講ずることなく慢然本件電車を進行せしめたことは運転手の明白な業務上の過失である。

(三)  被告の損害賠償義務。

本件事故は右のとおり被告が本件踏切に保安設備をしなかつたという被告自身の過失と、被告の被用者飲塚福三が被告のためにその電車を運転中、その過失によつて起つたものであるから被告は民法第七百九条、第七百十一条、第七百十五条によつて原告等に生じた損害を賠償する義務がある。

(四)  原告等の蒙つた損害。

(1)  被害者の得べかりし利益の喪失

被害者は死亡当時満九才二ケ月の健康体の男子であつて、厚生大臣官房統計調査部刊行にかかる第八回生命表によれば、なお五〇、三八年の余命があり、満二十年に達したときから正常の経済活動により収入を得るとして三十カ年、毎年平均最低五万円の純収益(総収入より被害者自身の必要生計費等を控除した金額)を得ることができたものと予想されるのでその金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した金額合計金七十万千二百七十六円は被害者が本件事故によつて蒙つた損害であるが、原告服部諭は被害者の実父、原告服部幸子はその実母として右損害賠償請求権を相続したから、原告両名にはそれぞれ金三十五万六百三十八円宛の請求権がある。

(2)  原告両名の精神上の苦痛

被害者は死亡当時世田谷区祖師谷小学校三年在学中で学業成績も良く、健康体で原告等としては非常にその将来を嘱望し、深い愛情をもつて養育に専念していたので、被害者を失つたことによる精神的損害は到底金銭に見積ることのできないものであるが、かりにこれを金銭に見積るとすれば各自金五十万円を下ることはできない。

(3)  葬式費用

原告服部諭は、被害者の死亡によつて次のとおり葬式費用の支出をし、同額の損害を受けた。

(イ) 金二万五十円 葬儀屋に支払つた費用

(ロ) 金四千円 一級酒五本

(ハ) 金一万二千百四十円 食料品代

(ニ) 金三千円 死亡通知印刷代

(ホ) 金千六百円 同上切手代

(ヘ) 金千五百円 米五升代

(ト) 金三千五百円 その他雑費

計 金四万五千七百九十円

(五)  結論。

そこで被告に対し、原告服部諭は、右損害金のうち葬儀費用金四万五千七百九十円、被害者の得べかりし利益の喪失金のうち金十五万四千二百十円、精神的損害金のうち金三十万円、合計金五十万円、原告服部幸子は、被害者の得べかりし利益の喪失金のうち金二十万円、精神的損害金のうち金三十万円、合計金五十万円、及びそれぞれ右金額に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十八年十二月十二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

(一)  請求原因第一項中、原告主張の日時、場所において被告の被用者である電車運転手飯塚福三運転の電車と、自転車に乗つた原告等の子、東次郎とが衝突し、同人が死亡したこと、第二項ないし第五項までのうち本件踏切附近に住宅があること、並びに同踏切には遮断機の設置及び警報機の設けがないことは認めるが、その余の事実中被告の主張に反する部分はすべて否認する。

(二)  被告には警報機等の設置義務はない。

被告は地方鉄道会社であつて、地方鉄道建設規程及び地方鉄道運転規則に基いて常に道路の交通量、列車回数及び見透し、距離等について綿密な実態調査をし、これを資料として鉄監第三八四号を以て通達された踏切道保安設備設置標準にあてはめても危険のない妥当な保安設備を各踏切に設けているのであつて、昭和二十七年度ないし昭和二十九年度の実態調査の結果に照しても本件踏切は交通量が少く、電車の見透しもよいばかりでなく、右踏切は幅員二米の裏路が通過している程度のものであるから、右踏切道保安設備設置標準からいつても、いわゆる第四種踏切に属し、「電車の進行に注意せよ」との警標を立てて通行人に注意を与えれば足る踏切である。従つて右警標以外に遮断機その他の保安設備を設置しなかつたとしても被告に何等の過失もない。

(三)  運転手にも過失はない。

運転手飯塚福三は昭和二十八年十月三日本件電車を運転して十三時三十七分成城学園前駅を発車し、線路前方を注視し、途中必要な箇所毎に警笛を鳴らしながら進行し、本件踏切の手前約八十米の地点において下り電車と離合すると同時に本件電車の進行線路左側に線路と平行する道路(この道路は原告が主張するように本件踏切の左側数米先で行止り状態になつているものではなく、世田谷区宇奈根町本通りに通ずる道路である。)を被害者が大人用の自転車に乗つて電車の進行方向と同方向に進んでいるのを認め、被害者の動行に注視し、警笛を継続的に鳴らしながら本件電車を運転していたが、被害者は前記道路を通つて世田谷区宇奈根町本通りに出るためか、または本件電車の進行に気付かないためか、後を振り返つて見ようともせずそのまま右道路を前進していたが、本件踏切に接近した地点まで来て、突然自転車のハンドルを右に切つた。そこで運転手は直ちに非常警笛を鳴らすと同時に非常制動を掛けた。しかるに被害者は運転手が右のように非常警笛を鳴らしたにも拘らず、そのまま本件踏切を横断しようと進入し、一寸本件電車の方を向いたがその時は被害者と電車との距離は約四米位に接近していたため、本件踏切を通過することができず、本件電車もその惰力で遂に被害者の自転車の後部と電車の前方右側雨樋附近とが接触し、本件事故が発生したのであるから運転手には過失がなく、全く不可抗力によるものである。

(四)  選任監督に過失がない。

かりに運転手に何らかの過失があつたとしても、被告会社は、電車運転手を採用するには被告会社で設けた乗務員教習所に身体学力、及び人物の各試験をした上その成績の優良な者のみを入所させ、入所後八週間電気工学、電車の組織ならびに電流作用及び社則運転取扱心得等の学課を教習し、その試験合格者を運転見習と称して更に十週間電車に教官運転手と共に乗車し、実地に指導教授する実務の修習をさせ、その試験に合格した者だけを運転手として採用しているのであるが、本件電車の運転手飯塚福三は昭和十七年三月前記乗務員教習所に入所し、右のような学課及び実務の試験を優秀な成績で終了したので同年八月中旬被告会社の電車運転手に採用したのである。そして被告会社の運転課長、電車区長は各自運転手に対し、あるいは団体的にあるいは個人的に同社の運転取扱心得を厳守するよう訓示監督し、その監督の実情を考査するため、運転技術会や故障発見競技会をそれぞれ年二回、技術研究会を毎月一回挙行し、運転手として電車操縦上の諸注意を完全に遂行しているかどうかを確め、また随時乗務係長等を乗車させ運転手の運転状態を考査し、その優秀なものに対しては乗務員優良カードを即時交付し、かつ賞金を与えて奨励し、運転手として電車操縦に関する義務違反のないよう常に監督していたが、飯塚福三は右技術競技会や技術研究会にはその都度参加し、いつも優秀な成績をおさめ、かつ随時考査の場合も優良カード授与者となつており、被告会社は以上のように運転手の選任監督については常に十分の注意をなしていたのであるから被告会社には本件損害賠償義務はない。

(五)  過失相殺を主張する。

またかりに被告会社になんらかの損害賠償義務があるとしても、被害者は勿論原告等にも過失があつた。すなわち、一定の専用軌道上を運転する電車の軌道踏切を通行する一般通行者は一旦軌道外側に停止して危険がないかどうかを確認して通過するのが一般常識上当然の処置であるにかかわらず、被害者は前叙のとおり大人用の自転車に乗り、警笛を鳴らしながら進行して来た電車に注意もせず、また本件踏切に差しかかつても軌道外に一旦停止もせず漫然右踏切を通過しようとしたのであるから被害者には重大な過失がある。また、原告等は被害者の両親としてその監護、教育をなす義務があるものであるからその監護上被害者が大人用の自転車に乗車することは急激に増えた交通事故の現状に鑑み、危険であることを同人に注意し、これを阻止すべきであるにかかわらずこれをしなかつたことは原告等が右監護義務を怠つたものであり、また原告等が日常被害者に対し軌道踏切を通過する際には一旦軌道外に停止して危険のないことを確認した上通過するよう注意し、教育していたならば本件事故は未然に防止し得たものであるにかかわらず、原告等がこの教育上の義務を怠つたために本件事故が発生したのであるから、被告は原告等の損害賠償の額の算定につき過失相殺を主張する。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

昭和二十八年十月三日午後一時三十八分頃、本件踏切で被告会社の被用者である電車運転手飯塚福三運転の電車と自転車に乗つた原告等の子、東次郎とが衝突し、同人が死亡したこと、及び同踏切附近には住宅があり右踏切には遮断機及び警報機が設置されていないことは当事者間に争がない。以下順次争点について判断する。

一、警報機等を設置しなかつたことについては被告会社に責任はない。

成立に争のない甲第五号証と検証の結果を綜合すれば、本件踏切は被告会社経営の小田急線の祖師谷大蔵駅から西方約二百五十米位の電車線路とそれに沿つた北側の幅員約二米の道路と南側の線路に沿つて右駅に至る幅員約一米七十糎の道路とが交叉する個所であつて、そこから約七十米西方に祖師谷大蔵第三号踏切があり、その先は下り傾斜をなしているが本件踏切附近の線路は一直線をなし、電車からの踏切通行人の見透しもまた踏切からの電車の見透しも共に良好であり、交通量は少いことが認められる。右事実に証人八重柏正英の証言及び同証言により真正に成立したと認め得る乙第一号証、同第二号証の一ないし三を綜合すれば、本件踏切は道路の交通量、電車の運転回数、見透し距離等の関係からみて、昭和二十九年四月二十七日、鉄監第三八四号をもつて通達された踏切道保安設備設置標準からいつても警報機等の保安設備の設置を必要としないいわゆる第四種踏切道に属すること明らかである。すべての踏切に警報機等の保安設備を設けることはもとより望ましいことではあるが、現在の経済事情からいつて望むべくして行い難いことであるから、本件踏切に遮断機もしくは警報機の設置をしなかつたからといつて、被告会社に過失があるとすることは酷に失する。

二、運転手飯塚福三には過失がないとはいえない。

成立に争のない甲第五号証、同第七号証、証人飯塚福三、同高橋光雄、同松島康夫の各証言及び検証の結果を綜合すると、運転手飯塚福三は本件事故発生当日小田急線稲田登戸駅発新宿行上り三輛編成の旅客電車を運転し、成城学園前駅を定時の十三時三十七分に発車し、時速約五十四粁で祖師谷大蔵駅に向う途中、前記祖師ケ谷大蔵第三号踏切手前附近で下り電車と離合し、その際警笛を鳴らしながら進行し、本件踏切から約七十米の地点で前記線路沿いの北側道路を被害者が大人用の自転車に乗つて本件電車と同方向に進行しているのを認めたので、再び断続的に普通警笛を鳴らしたが、同人は本件電車の方に振向きもせず、そのまま進行するので、飯塚は、被害者が本件踏切へ曲がらず真直ぐに行くのではないかと思つたが、もしそのまま本件踏切に乗入れては危いと思い、座席から立ち上つて、ブレーキのハンドルを自動制動の位置に廻し、いつでも非常制動をかけうる態勢をとつて、「図々しいなあ」と思いながら、そのまゝ進行し、電車が本件踏切の手前約三十四、五米の地点に差し掛つたとき、被害者が自転車のハンドルを右に切り踏切を横断しようとしたので、直ちに非常警笛を鳴らし、同時に非常制動を掛けたが及ばず、電車の惰行で被害者の乗車していた自転車の後部に電車の前部右側を衝突させて本件事故を惹き起したものであつて、非常制動をかけてから本件電車が惰力で進行した距離は約六十八米であることが認められる。」

右に認定したところからすれば、飯塚運転手は運転手としての注意義務を一応つくしたものと認められないでもないが、被害者は九才の自転車に乗つた少年であり、全く電車の進行に気付いた様子がないのであるから、そのまま踏切に乗り入れてくる危険を十分に考えて、非常警笛を鳴らして被害者の注意を喚起し、場合によつては電車の速度を減じ、又は電車を停止せしめて事故を未然に防ぐべきものであることは人命尊重の見地からいつて当然の事理に属するところであると考える。しかるに飯塚運転手が被害者は電車の進行に気付いているものと速断し、或いは踏切に入らず真直ぐに通り過ぎるのではないかとも考え、普通警笛を鳴らしただけで非常警笛も鳴らさず、速度も減せずにそのまゝ進行し、被害者が踏切に乗り入れようとするのを見て初めて非常の措置をとつたことはその時機おそきに失したもので、同運転手の過失たるを免がれない。

三、被告会社には選任監督について過失なしとはいえない。

証人西沢政次郎、同飯塚福三の各供述を綜合すれば、被告会社は、運転手選任の方法として、二年以上の車掌経験者を詮衡の上被告会社の乗務員教習所に入所させ、学科一ケ月、実地二ケ月の教育後、試験合格者に電車の単独運転を許すこと、また監督の方法として、右終了後一ケ月位指導助役が実地指導すること、一般運転手には年二回の運転競技会に出場させ、或は随時運転監督者が同乗監督すること、電車区助役の上申または運転監督者の承認による優秀者を褒賞すること、電車区助役は毎朝点呼の際前日の欠点を批判し個人に対しても種々指導すること、踏切地点における通行人確認、警笛吹鳴等の一般的監督をしていること、本件運転手飯塚は右教習所を経て経堂電車区に所属していることが認められるが、これ等の事実だけでは、いまだ被告会社にいわゆる選任監督について欠けるところがなかつたとはいい得ないし、その他、被告会社においてこれらの事項につき相当の注意をしたという主張、立証はないからこの点に関する被告の抗弁は採用しない。

以上のとおり、本件事故は被告会社の被用者飯塚福三の過失によつてひき起されたものであり、しかも右事故は飯塚運転手が被告の事業執行中の出来事であることが明らかであるから、被告は被害者の父母である原告等に対して、その損害の賠償をする義務がある。

四、過失相殺の主張は理由がある。

本件事故は飯塚運転手の過失によつて生じたものではあるが、被害者にも重大な過失があつたことは上に判示したところから自から明らかなところであろう。踏切を通行する場合には一旦停止して左右を見て危険のないことを確めてから踏切内に立ち入るべきものであることは小学一年生でも十分に弁へていることである。成立に争のない甲第三号証と原告本人服部諭の供述に徴すれば、被害者は当時世田ケ谷区立祖師谷小学校の三年に在学し、心身共に健全でしかも学業成績も良好な児童であつたことが認められるから、同人には右のいわゆる交通道徳の遵守を十分に期待して然るべきものというべく、もし彼が本件踏切前で一旦停車して危険の有無を確認しさえすれば、当然本件事故は避けられたのであるから、彼が漫然踏切を渡過したことは彼の重大な過失である。

五、賠償の数額。

(1)  被害者の得べかりし利益の賠償

原告等は、被害者の死亡により同人の将来得べかりし利益合計金七十万千二百七十六円を喪失したと主張するが、被害者が事故当時満九才二ケ月の子供であることは原告等の自認するところであり、被害者が満二十才に達したときに原告等のいうように平均最低一ケ年金五万円の純収益をあげ得ると認めるに足る証拠はないから、原告等の右主張は採用できない。

(2)  慰藉料の額

原告等がその次男東次郎の死亡によつて、その主張のような精神上の苦痛を受けたことは人の子の親としても当然すぎる程当然のことである。そこで慰藉の方法として、被告の支払うべき慰藉料の額は被害者の年齢、前記認定の過失、その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を斟酌し、原告等に対し各金三万円をもつて相当であると認める。

(3)  葬式費用の損害賠償

原告本人服部諭の供述及び同供述により真正に成立したと認める甲第四号証の一ないし四(但し同号証の三は(イ)(ロ))を綜合すれば、原告服部諭は被害者の死亡によつて、その葬式費用として合計金四万五千七百九十円を支出し、同額の金銭上の損害を蒙つたことが認められるが、前認定の被害者の過失を斟酌し、被告が原告服部諭に支払うべき賠償額は金一万円をもつて相当であると認める。

六、結論。

以上のとおり、原告等の本訴請求は慰藉料として各金三万円、原告服部諭が葬式費用による損害として金一万円、及びこれに対するいずれも本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和二十八年十二月十二日から右支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があり、その他は失当なのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三 藤本忠雄 杉田洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例